顔面神経まひの体験記 ブロック注射

末梢性顔面神経麻痺って何?の体験記を読ませていただいて。
 私が顔面神経麻痺にかかったのは今からもう11年も前のことです。その時私は小学6年生でした。ふと鏡の自分を見たら、どうも口の動きが少しおかしいと気づいたことがことの始まりです。どんどん時間が経つににつれ、鏡に向かうたびにゆがんでくる唇。しかし、家族に聞いても気のせいと言われ、その日はそのまま寝ました。その日の後のことは今ではもう記憶がなく、次に思い出されるのは完全に顔半分が動かなくなって、病院に行くことになったということです。
 私の場合は顔は黙っていればゆがんだように見えず、顔を動かそうとすると、顔半分が全く動かなくて動く方に引きつられてしまう状態でした。今まで普通に何気なく動かしていた顔の表情が全く動かないというのは経験した人にしかわからない感覚です。力をいれても何も動かないのです。1mmも。笑うと、話すと、顔が引きつり、自分でみてても気持ち悪かったです。今でも後遺症は残っているので、思いっきり人前では笑えません。笑っても、手で口を隠して笑います。
 その病院では病名は顔面神経麻痺とは言われてないと思います。その病院では点滴を打つことになりました。しかし、改善は見られず、この病院は遠いということで、近くの病院に行くことになりました。そこでは点滴も何もしずに、ただ病院に行って、様子をみるということだけでした。これが、私の病気の治りを悪くさせた原因でもあります。その後、私の祖母のお友達でブロックと言われる注射を打たれている方が見えました。そのブロックという注射はいろんな病気にいいから、行ってみたらということでした。その方が、先生に私のことを話すとすぐにおいでと言われました。
 その病院に行ったのは発病してから2ヶ月もたってからでした。その注射を打った日、私は記憶になかったのですが、母が、今まで何も動かなかったのが、少し動く感じがしたと私が言ったというのです。それから、週に2回ほど注射を打ちに病院に通うことになりました。今では話すぐらいなら、病気とは思われないぐらいなりました。しかし、笑ったり、怒ったり、感情を表に出す表情になると、顔のゆがみがとても分かります。でも、今の自分と前向きに付き合っていこうと思っています。もちろん今でも、動けばいいのにと思うこともありますが、なってしまった今、思い悩んでもしょうがないのです。今の状態でいかに人生を楽しく明るく生きられるか、充実した人生が送れるかが大切です。

 話はこの病気になる前に戻りますが、私は当時とても神経質で、宿題はもちろんやらなければいけないという脅迫観がつきまとっていました。テストの前日も夜中の12時過ぎまで勉強していました。写生会の絵も徹夜で描き続けるというように、今思えば小学生でそこまでやるのはおかしいことだったのです。持ち物の確認も1回では満足せず、不安にかられ、何10回も確認するような子どもでした。体調が変だと思って、夜中にこっそり熱を測って40度あっても、親に黙って次の日は何事もなかったかのように学校に行っていました。親に言うと心配される、怒られる、学校に行けなくなるという思いから熱があることも黙っていました。学校が好きだから休まないのではなく、休むと誰かが心配する、休んで注目されるのは嫌で学校は休みませんでした。心の病気だったのだと思います。そんな状態でしたから、自分の身体には全く無関心だったのです。その溜まっていたものがついに大きな病気として表れたのが顔面神経麻痺だっとのだと思います。原因は未だにはっきりとはしていませんが疲労から、水疱瘡の菌が耳に入ったせいだと言われています。

 私が全然動かない状態からここまで良くなったのはブロックの注射のおかげです。もし私が言ったような症状が出た人はなるべく早くに病院に行ってください。それが一番の回復につながります。私の経験によれば、ブロックが一番効果がありました。
 1ヶ月早くブロックを始めていれば治ったかもしれないといわれましたが、2ヶ月後に行ってからでもここまで良くなったのは、まだ年齢が若かったというのもありますが、やはりブロックのおかげです。同じ病気の方、頑張りましょう。