松本 貞子(札幌市)

 2000年が明けて間もない1月16日の深夜、自室のベッドに寝ていた私は、突然左耳の下に激痛が走り、そのあまりの痛さに目を覚ました。とっさに、前の晩に歯磨きをしていたときに出血したことを思い出した。「歯茎が腫れたのだろうか?」と、じっと痛みを堪えていたが、一向に治まる気配がない。私はとうとう痛みに耐えかねて階下へ行き、歯痛の薬を飲み、左耳の下に湿布薬を貼って、ベッドへもぐり込んだ。しかし痛みはなかなか治まらず、そのうち少しずつ痛みが和らいできたのか、明け方近くになってようやく眠りについた。
 次の日の朝、痛みは治まっていたが、洗面台の鏡に向かうと左頬が少し腫れているように見えた。「歯が原因だろう。すぐに腫れは治まるはず」と思っていた私は、痛みが治まったこともあり病院へも行かずそのままにしていた。
 さらに次の日、洗面台に向かうと鏡に映る私の顔は左側に歪んでいるように見えた。母もその様子を心配して「病院へ行ったほうがいいんじゃない?」と言い出した。「どこか大きな病院で診てもらったほうがいいんじゃない?」と心配する母に、私は「そんな大げさなものじゃない。歯が原因だと思う」と言い、家の近くの歯医者に行くことにした。医者に症状を言ってから診察台に横になった。「この治療した左奥歯が原因かも知れないね。腫れが治まるのを待って抜こう。薬を出しておくから2日後に来て下さい」と医者が言った。「やっぱり歯が原因だったんだ」と、私は少しホッとしていた。
 しかし、翌日になっても腫れが治まるどころか、顔の歪みはひどくなる一方だった。父も母も弟も「歯が原因じゃないよ。顔が左側に曲がっているじゃないか」と言い出した。甘く考えていた私もここ数日、食べ物や飲み物を口に入れても満足に食べることができず左側からこぼれてくる状態や、コンピューターに向かっていても左目の調子が悪く涙が出てきて仕事にならない不自由な生活にほとほと困り果て、別の病院で診てもらうことにした。しかし、こんな病気は見たことも聞いたこともない。私は何科へ行っていいのか、皆目見当がつかなかった。母は「脳外科に行ってみたら?」と言ったが、”脳外科”と聞いた途端、私は怖くなり、小さいがこの界隈では評判のいい内科へ行くことにした。
 診察室に通された私の顔をみるなり、医者は「”ベルまひ”ではないか?」と机の上にあった分厚い医学事典(?)で調べてくれた。「それはうちでは治療できないから脳外科か耳鼻科に行ったほうがいいね」と言って、脳外科の病院を教えてくれた。
 私はそのまま内科の先生が教えてくれた脳外科へ行った。その病院は名の知れた脳外科で、病院の待合室は診察を待つ患者さんでごった返していた。
 MRIの検査を終え、ようやく診察室に呼ばれた。医者は”末梢性顔面神経麻痺(ベルまひ)”と診断した。いまだはっきりとした原因がわからない病気だそうで、「”ウイルス”によるもの」と言うことだった。私は1週間後に取材のアポがあったため、「1週間で治りませんか?」と医者に尋ねた。すると医者は「発症して、すぐに病院へ来たら治りが早かったのだけど、ちょっと時間が経っているので難しいな。通常2カ月位はかかりますよ。しかし、どうしても急いで治したいというのなら1週間位入院して××吸入したら治りが早いかもしれない」。しかし私は一人で仕事をしている身、しかもいま大事な仕事を抱えているためそれはできない。結局、飲み薬を3種類と左目が閉じないため寝ているときに目が乾かないようにするため目パッチなるものと、目薬をもらった。さらに顔のマッサージと顔筋のリハビリを自分でするようにと、そのやり方を書いた紙をもらった。
 私は1日も早く治りたい一心で、毎日真面目に薬を飲み、マッサージを続けた。仕事は極力外出を避けたが(どうしても出かけなければならないときは、マスクを付けて外出した)、家でコンピューターに向かっていても左目が動かないせいで思うように仕事ができないため、思い切って2週間ほど仕事をストップすることにした。
 しかし症状は少しずつ良くなっているようにみえるが、まだ左目は閉じず、食事も不自由を強いられていた。その頃から「一生治らないのではないか?」という一抹の不安がつきまとい始めた。私は病院へ行くたびに毎回換わる医者に、その都度自分の症状や原因について何度も尋ねた。先生によって言うことが違うこともあって少々戸惑ったが、ある時初めての女医さんに当たった。私は自分の不安を思い切って口にした。「もう治らないのでは?」という私の質問に、その先生は私の顔を診るなり「あなたの場合は治るわよ」と明快に答えてくれた。私はホッと胸をなでおろした。
 この病気にかかってからというもの、極力人には「かぜだ、歯の治療だ」と嘘をついてきたが、もう半分やけくそ状態、開き直ったのか、自分から病気のことを言うようになった。すると「僕も昔罹ったことがある」「私のおばが罹ったことがあった」と、意外にもこの病気に罹ったことがあるという人が多いことに驚いた。たまたま観たNHKの「今日の健康」という番組でも取り上げていた。ある新聞の健康相談の記事に載っていたと友人がファックスで送ってくれたりもした。私はこの病気が珍しいものではないことを知った。
 6月、私の病気は発症してから半年が経とうとしていた。かなり症状は良くなっていたものの、まだ顔面はちょっと歪んでいて完治するまでに至っていなかった。3週間ごとになっていた脳外科の通院も続けていた。ある日、私は指定されていた3週間目に病院へ行った。私を診察したのはこれまでの先生ではなく初めての人だったが、この病院では毎回同じ医者ではないことに、私もすっかり慣れていた。しかしその医者は開口一番「あなたのは、もう治らないかもしれない」と切り出した。私はその言葉を聞いた瞬間、頭をガーンとなにかで殴られたような感じで、その場に倒れ込みそうになった。医者の言葉に動揺して、左目にうっすら涙が出てきたのがわかったが、それを必死に堪えていた。「でも他の先生は治ると言ってくれましたし、院長先生もあなたの場合は2年位、長くかかるかもしれないけど諦めずに通院してくださいと言いました」と私が言うと、「私は他の先生と違って、変に期待させずはっきり言いますから」とその医者が答えた。「あなたの場合、他に原因があるかもしれない。神経の周りに腫瘍ができていて、それが神経を圧迫させている場合もあるので、もう一度細かいMRI検査をしたほうがいい」と医者。「もしそうなっていたら手術しないといけないんですか?」と尋ねる私に、「患者さんはすぐそれだ。思い込む。そういう場合もあるから、念のためもう一度調べようと言っているだけだよ」。「でももしそうなら手術しなければいけないんですか?と、心配になって聞くのは、患者として当然でしょう」と私は、その医者に食い下がった。私はもう1秒でも早く、診察室から出ていきたい気持ちになっていた。
 病院の玄関に向かって歩いている私に、診察室で一部始終を聞いていた看護婦が追いかけてきた。「あの言い方はないわよね。あの先生、はっきりものを言い過ぎるのよね」と看護婦さんが心配して声を掛けてくれたが、私の心はすっかり傷ついていた。私は、その場で2週間後のMRIの予約を入れたが、仕事も入っていたし、どうしてもあの医者のいる病院の門を二度とくぐる気にはなれなくてキャンセルした。
 その後、私は椎間板が少し悪いこともあって近くの整形外科に通うことになり、そのときそこの医者に”末梢性顔面神経麻痺”のことを話した。するとその先生は「何もしないよりやったほうがいいから一緒に顔のマッサージもしましょう」と言ってくれたので、いまその病院に通院している。
 私はこの病気にかかって、どんな病気にしろ、よく言われることだけど”早期発見、早期治療”の大切さを改めて思い知らされた。そして、患者は医者に自分の病気やけがを治してほしくて助けを求めて病院の門をくぐる。そのときの医者の態度や一言が、どんなに患者を一喜一憂させるか。
 それにしても、まもなく発症から1年を迎える私の病気”末梢性顔面神経麻痺”はいまだ完治していない。どこの病院へ行ったらいいのか、どんな治療をしたらいいのか、それとももう治らないのかな?