糖尿病を宣告されて

小寺 良七(札幌市)

自信を持って望んだ健康診断

 私は昭和13年生まれ(62才)。4月の健康診断で糖尿病と診断された。昨年までの健康診断では糖尿病の心配は全くないと云われてきた。両親にも兄弟(8人)にも糖尿病はいない。私の中の健康管理辞典には糖尿病と云う文字は存在しなかった。身長170cm、体重75kgスマートとは云えないがデブではないと思っている。それが私より遙かに豊満な肉体を揺らしながら、しかも、下腹が大きく出たお医者さんにデータを見るなり"食い過ぎだ、食い過ぎだ。すぐ入院だ"と云われた。それから担当の看護婦さんに3、40分間こんこんと注意事項をきかされた。いろいろと言い訳を云ったが、このデータは2ヶ月前からのデータであり、昨日や今日のことではないと問題にされなかった。最後の抵抗で入院は出来ないと云うと、再検査の書類を渡された。朝の8時から始まって、病院を出た時はすでに4時近かった。
 家に帰って家族に話すと、妻から「私があれだけ注意をしたのに云うことを聞かないから」で当然の結果だと云われた。いたわりの言葉を期待していた私は、ここでもさんざんな目にあった。実は1年ほど前、近くに住む娘夫婦が体脂肪率を計れる体重計を買ってくれた。当初は25%から27%あった体脂肪率が最近では22%から24%に減っていた。ひそかに自信を持って望んだ健康診断だったのである。

父の日のプレゼント

 息子と娘がお金を出し合って20,000円もする尿糖値を計る器具を買ってきてくれた。父の日のプレゼントだと云う。うれしいような、うれしくないような変な気持ちで使用してみると最高の「++500」と出た、最悪だった。認めざるを得ない現実を目の前にして私は覚悟を決めた。
 幸い私は酒が飲めない。覚悟をぐらつかせる誘惑は少ない。夕食後の間食を一切断った。果物が好きで、夕食後にいろいろと食べていた。しかも、自分では身体にいいと思いこんでいたのだからなお悪い。その上、私より遙かに肥満の妻から食後の散歩を誘われていたが、今までは冷たく断っていた。それが私から申し出て始めることにした、妻から小言を云われたのは云うまでもない。
 札幌市の南の端にある団地に移り住んで12年になる。近くには札幌市自慢の「芸術の森」がある。そのせいか団地の名前も「アートパークタウン」「アートヒルズ」「サンブライト真駒内」とカタカナが多い。歩いてみて立派な住宅が沢山あるのに驚いた。北欧風の傾斜の強い三角屋根、無落雪でレンガ造りの堂々とした家。こんな家に住みたい、あんな家に住みたいと云う妻の言葉が意外と重く感じてしまう。明日は違う道を通ろうなどと考えながら歩く。妻は結構汗をかいているようだが、私は一向に汗が出てこない1時間ほど歩いて、尿糖値を計ったら「-0」だ、効果覿面である。トイレから出て妻に報告すると私のお陰ですよと云うような顔で頷いた。

再検査にむけて

 再検査の日が6月22日と決まった。今度の検査で糖尿病のレッテルを剥がしてもらうべく戦いが始まった。一日の摂取カロリーを1,500kcalと勝手に決めた。商品ごとにカロリーの載った本を買ってきてにわか勉強を始めて驚いた。自分の食生活が如何にめちゃくちゃだったかつくづく思い知らされ、糖尿病になるべくしてなったのだと納得した。
 尿糖値を計るようになって色々なことが分かるようになってきた。昼間摂取したエネルギーは多少取り過ぎても使い切ることは出来るが、夕食時に摂取したエネルギーはなにもしなければ殆どそのまま体内に蓄積されてしまう。翌朝になっても尿糖値は0にならないのである。1日のトータルな摂取量も大事だが、夕食時の摂取量が私にとっては最大の問題点であることが分かってきた。長い食習慣を根本から変えなければならないと決心した。
 6月22日がやってきた。この2ヶ月の間常に空腹感と戦ってきた。体重も70kgを前後するようになり、結果として5kgも減量することが出来た。尿糖値も食後の運動を欠かさなければ0を保てるようになった。再び密かな自信を持って望んだが結果は糖尿病と診断された。今度は女医さんだった。痩せて小柄なちょっと美人の女医さんに宣言されたのがせめてもの慰めだった。ただ努力の甲斐あって数値的には前回の半分近くになり、140迄下がった、平常値は110だと云う。薬は飲まずにこのまま様子を見ることになった。1日の摂取量を1600kcalと指導された。1ヶ月後に来院することを決め看護婦さんから再度注意事項を聞かされた。本を二冊買わされ、妻と一緒に食事指導を受けるように云われて書類を渡された。一週間後、三日間の食事の記録を持って妻と二人で指導室に入った。云われてみれば当然だが1600kcalの中身が大事だった。パンやご飯類で何カロリー、野菜類で何カロリー、これを三度の食事でバランス良く取ると云うのはとても無理な話である。これではますます妻に頭が上がらなくなってしまう。それでも自分たちで考えた食事の取り方がそれほど大きく違っていなかった事に一安心した。

老眼鏡を持って買い物

 カロリーを考えるようになって一番驚いたことは、殆どの食品にエネルギー、蛋白質、脂肪、糖分などの量を表示した成分表が付いていたことである。今までは殆ど気にした事がなかった。野菜にかけていたドレッシングやマヨネーズ、パンに塗っていたバターが如何に高エネルギーか、そしてもっと驚いたのは自分が毎日口にしている食品に対する無知と無関心さである。美味しさには結構こだわるが、身体をいたわる食事の事は全く考えていなかった。自分の無知に辟易としながら、最近では老眼鏡を持ってスーパーへの買い物にお供している。霜降りの牛ロースを横目で見ながらもも肉を買い、ロースハムはボンレスハムに変わった。ヨーグルトも二分の一カロリーのものを選ぶようになつた。それでも食べたいときは食べる事にしてその分運動することにした。馴染みの寿司屋に行くと黙って座ってもおおトロが出てくる。妻と顔を見合わせてほおばった。今日はどのくらい余計に歩かなければならないのだろう。一緒に歩くようになった妻も体重が減り始めた、今年の冬はまだ一度も手を通していない着物が着たいのだという。日本は平和な国である。