歯 科

歯を磨くこと
歯学博士
飯田 一実

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 敦煌の壁画には歯を磨いたり、歯ブラシを使用している画面があり、892~893年の建立とされています。そこに描かれている歯ブラシは柳の枝であり、歯を磨くこと、歯ブラシを使うことに関する世界最古の資料とされています。
 普段は何げなく生活していますが、もしも1本の歯が無くなるとどうなるでしょう。舌の先が歯の無くなった空隙に行き、息がもれて満足に会話も出来なくなり、食物を噛むのにも不自由します。

 これが奥の方の歯であれば、上下の歯の咬み合わせは臼と杵の関係で、咬み合わす歯が無い臼歯は役に立たなくなります。前歯であれば、一方の刃が欠けたハサミの様なもので、うどん・ソバ・パンさえ噛み切れなくなります。発音にも大きな支障をきたします。
大臼歯が1本無くなっても食物の粉砕能力は40%も落ちるということです。

その他に対合歯の廷出が起こり、歯列中で隣の歯が支え合っていても、歯が無くなり支えを無くした歯は、空隙の方へ傾斜したり移動したりして、歯間がすいて来たりします。1本ぐらいとあなどることは大きな間違いです。
前歯や小臼歯が無くなると審美的にも問題が起こります。人前に出られなくなる程恥ずかしい思いをし、歯は社会生活上でも必要なものです。

歯は1本1本独立したものではなく、28本全部揃っていてこそ完全な働きをするのです。
色々な楽器が調和してオーケストラを構成しているようなものです。
歯を失う原因はむし歯によるものと、歯周病によるものが半々で、その他に外傷によるものが10%程あります。
現在の日本人は平均寿命や健康寿命に関しては世界一ですが、歯の寿命は年齢に追いついていないのが実情です。
むし歯や歯周病の原因は、口腔内細菌とその排泄物との塊が歯垢(プラーク)というもので、それは粘着性が高く、歯にねばり付いていて、菌が出す酸によって硬いエナメル質も溶けてむし歯に成り、歯の表面についた細菌の毒素によって歯肉に炎症が起きて歯周病に成るのです。

現在の食べ物は軟らかく、しかも大量の砂糖を含むことが多く、あまり噛む必要が無く、歯垢を歯の表面からこすり落とす力が無く、しかも栄養満点で歯垢を作り易くしています。
繊維性の硬い食べ物は噛む度に歯の表面がこすられ、歯に歯垢を付き難くします。
戦争中、学童のむし歯が激減した現象は有名で、これは砂糖の供給が無くなり、粗食になったことが理由とされていて、ヨーロッパの国でも経験しているようです。

現在の食生活では歯垢が出来易く、しかも歯面の歯垢は落ち難いので、これを除去する為には歯ブラシを使用しての丁寧な歯磨きが大切になります。また複雑な状態の歯列で、1種類の歯ブラシだけでは隅々まで届かせるのは極めて困難なので、その場所に合った形態の歯ブラシ・歯間ブラシ・フロスシルク(糸ようじ)・ラバーチップ等を使用する必要があります。
それでは歯を磨くのはいつが良いでしょうか。比較的最近迄は多くの人は朝起きて洗面時に磨いていて、朝食前に磨くだけの人が大部分でした。日本より進んでいて、虫歯予防に熱心なアメリカ人でも、若い頃は朝の洗顔時だけであった人が多いようです。このことは世界的な傾向で、歯や歯肉の健康の為に磨くというより、一日の始めに身を清める儀式であったと思われます。
現在ではすっかり様変わりして、皆食事の後にむし歯の予防・歯肉の健康の為・口臭を防ぐ為に磨くようになったことは喜ばしいことです。どうしても忙しい場合は1日1回でも寝る前に丁寧に磨いて欲しいものです。
磨き方にこだわる必要はなく、磨き易い方法で良く、歯面の歯垢が良く落ちれば良いということです。ただし、力を入れてゴシゴシこすることは危険で、ペングリップで1~2歯ごとに磨くことが大切です。