歯 科

咀嚼(そしゃく)の重要性(Ⅱ)
歯学博士
飯田 一実

咀嚼の重要さイメージ

 食事は人生における大きな楽しみの一つです。
 以前人類が初めて宇宙に飛び立った頃の飛行士の食べ物は、丸薬状のもので、これを飲めば必要な栄養やエネルギーは確保されますが、これでは食事の楽しみは無く、宇宙飛行士の間では大変不評で後に現在のように口から食べる形式になったそうです。

 最近の私達の食環境は、加工食品が占める割合が大きく、食物の軟食化による噛む能力の減退は子供達の顎口腔器官の成長に悪い影響を与え、知能の発達や運動能力にも関係している可能性が考えられます。動物実験でも、粉末食で育ったネズミは固形食を与えられたネズミより学習成績が悪かったということです。これは脳の活動に噛むことが大きく影響していることを示しています。

 一人で何処へでも外出できる高齢者は、自分の歯や良く合った入れ歯を使用している人が多いのに対して、ムシ歯が多く入れ歯を使用していない高齢者は「寝たきり」や「外出しない」人が多く、痴呆老人に無歯顎の人が多いことも指摘されています。噛む能力の低下が脳の活動低下をきたしているのではないでしょうか。
良く噛むことによって脳内の血流が良くなり、また唾液の中には脳の働きを良くするホルモン様物質が含まれていると考えられていて、ボケの防止にも役立つようです。噛むことの大切さは、昔から伝承的に言われて来ましたが、次第に科学的に解明されていくことでしょう。

 私は子供の頃、一口30回は噛みなさいと言われた記憶がありますが、どれくらいが適当でしょうか。勿論硬い食べ物、軟らかい食べ物によって回数は違うでしょうが、2.5歳児での平均咀嚼回数から計算して私達は一口20回は噛む必要がありそうです。
良く噛むことによって唾液もたくさん出て、物の味が良くわかるようになります。 ゆっくり食べて脳の「満腹中枢」を刺激するために必要な食事時間は20~30分で、粗噛みによる食べ過ぎは肥満のもとです。これをさけるための基本は脳の満腹中枢を刺激することであり、そのためには一口20回以上咀嚼することです。
朝食、昼食は20分、夕食には40分位かけるのが望ましいのです。咀嚼をいい加減にすることは貴重な人生を無駄にすることにもなります。

 唾液の中には記憶と学習に関係する物質が含まれていて、これは食後2時間で出ると言われているので、一夜漬けの勉強より、テストの日には2時間前にしっかり食事をするほうが良いでしょう。朝食を規則正しく取る子は学習意欲が強いという報告もあります。
唾液の中には抗癌作用のある物質も含まれていて、これが発癌物質の毒消しに役立っています。ムシ歯の数は胃癌や食道癌のバロメーターと言われています。また、耳下腺から出る唾液中には長寿に関係するホルモンも含まれています。元気な高齢者では唾液が良く出る人が多いようです。昔からよだれの多い赤ん坊は健康だと言われています。
良く噛む人は食後の血糖値の上がり方もゆるやかで、これは糖尿病の予防や治療にも役立っています。
昔から梅干は身体に良いとされていますが、梅干を食べ良く唾液が出ることによって癌の抑制や長寿につながっているのではないでしょうか。

 唾液は口臭予防にも効果がありますが、唾液を沢山出すためには良く噛むことが必要です。高齢者で歯の健康を維持している人、つまり80歳で歯が20本以上ある人の食生活では、昔から小魚を丸ごと食べたという人が多く、こういう人は骨格もしっかりしています。
元気で長生きするために、良く噛んで健康寿命を延ばしましょう。